上がり始めた賃金、生産性向上がついてくるか
足元の労働市場を見ると、人手不足に伴って賃金は上昇している。厚生労働省「毎月勤労統計調査」に
よれば、2022年の現金給与総額は名目で+2.0%の増加となり、賃金水準は上がってきている。
これを時給水準に直せば、短時間労働者の増加や労働時間縮減の動きなどを反映して、明らかに2010年代中頃以降賃金が上昇している様子が見てとれる(図表1)。
2023年の春闘でも近年にはない賃上げの動きが広がっており、引き続き大きな賃金上昇が見込まれる。
日本の労働市場を見渡すと、多くの企業は深刻な人手不足に陥り人手を確保するための処遇改善に取り組まざるを得ない状況に追い込まれている。日本の労働市場は変革の時を迎えているのである。
こうしたなか、人手不足による従業員の処遇改善は当然に企業にとっては負担増となり、企業利益を圧迫する。そうなると、賃金増を実質的な人々の生活水準向上につなげていくためには、次の段階として
の企業の生産性向上が必須となってくるだろう。
労働供給制約が現実となる未来においては、労働者1人あたりの生産性上昇率をこれまで以上に加速させる必要がある。まずはマクロの数字を確認していきながら、機械化・自動化による生産性向上が日本経済にとってどのような意味を持つかを確認していこう。
2010年代の日本の時間当たり労働生産性上昇率は低くない
ここまで日本の労働生産性はどのように推移してきただろうか。図表2は主要国の実質GDPと総労働
時間数、時間当たり労働生産性の成長率を比較したものである。これを見ると、直近の2010年から2021
年までの間、日本の労働生産性は年率で+0.9%とほかの先進国と比較しても堅調に推移してきたことが
わかる。
その一方で、実質GDP成長率を先進5カ国で比較すると、伸び率は最下位となる。その原因は生産年齢
人口が減少していくなかで、総労働時間数が減少しているからである。この10年あまりで労働投入量が減少したのは日本だけであり、-0.3%となっている。
近年は女性や高齢者の労働参加が急速に進んでおり、過去と比べればこの10年間の労働力の減少は比較的抑えてこられたほうと言えるが、今後は就業率上昇だけでは労働力の減少を十分には補えなくなっていくだろう。
他国は人口が増加しているなかで労働投入量が増えているのに対して、日本は中長期的な長時間労働の是正や高齢化による短時間労働者の増加などによって、総労働時間数は持続的に減少していくと予想される。
将来を展望すると、労働力の減少速度はさらに加速していくことは間違いない。社会全体として若者
人口が減少していくなど労働供給制約はますます深刻化する。こうしたなかで、経済的に豊かな暮らし
を維持しようと考えるのであれば、より少ない人数で高い付加価値を生み出す経済に転換していか
なければならない。
製造業、卸売・小売業などは自動化が進展している
生産性向上の進捗状況は業界によって異なる。近年の労働生産性上昇率と労働投入量の増減をプロットしてみると、少子高齢化という社会の大きな環境変化に適応している業界とそうでない業界とが浮かび上がってくる(図表3)。
今後の労働供給制約社会を展望すれば、多くの業界で労働生産性を向上させると同時に、必要な人員数を縮減させていく必然性が高まるだろう。製造業や建設業、卸売・小売業などは生産性上昇と労働投入量の減少が両立しており、人口減少が続く日本で必要な改革が進んでいる業界であると捉えられる。
製造業は産業ロボットの導入によるFA(ファクトリー・オートメーション)などが浸透してきている業界であり、過去から継続的な生産性上昇が実現している。
建設業についても、職人の高齢化などにより深刻な人手不足の状況にあるなかで、少ない人員で高い成果を生み出すような努力が行われているところであり、結果的に高いパフォーマンスを達成している。
卸売・小売業も生産性が上昇している業種の1つである。最近は、多くの小売店で店員による商品
バーコードのスキャンの後に顧客が自身で会計を済ませるセミセルフレジが導入されている。こうした
取り組みも生産性上昇に大いに貢献する手段である。Amazonや楽天などECサイトも近年急速に普及している。ECサイトはサイトの構築や運営に一定の人手が必要であるが、いったんシステムを構築してしまえば、店舗に人が張り付いていなくても効率的に売上を上げられるようになる。卸売・小売業は経済のデジタル化の進展によって、店舗の必要性が減じ、生産性上昇の恩恵を得られているのだと考えられる。
カギを握る医療・介護、膨張を続ければ経済は成り立たない
一方で、運輸・郵便業や金融・保険業、宿泊・飲食サービス業などは生産性が停滞している。これらの
サービスに関する業種は経済に占めるシェアは大きいが、その業務を製造業のように簡単に自動化することはできないことがうかがえる。
そして、日本の経済の将来を見据えた時、深刻な事態に直面すると予想されるのが保健衛生等の領域である。この業種は労働生産性が上昇していないにもかかわらず、労働投入量が12年間で36.0%も増加している。ここで問題なのは、保健衛生等の経済に占めるシェアは大きく、そして今後も高齢化の進展
によって急速に「成長」していく見込みがある産業だということだ。
しかし、医療・介護業界が今後も生産性上昇を伴わずに膨張してしまった場合に何が起きるか。そうなってしまえば、日本経済はますます減少していく貴重な労働力の多くを医療・介護業界に投入し続けることが必要になったり、介護サービスの担い手不足により、働く人の仕事と介護の両立が今以上に難しくなったりする状況にもなりかねない。現状の延長線上でいけば、この未来予測を杞憂では片付けられなくなるだろう。
本レポートでは、医療業界や介護業界の自動化のゆくえも取り上げている。それは上記のような問題意識からである。将来、若者人口が急速に減少していくなかで、希少な労働力は1時間たりとも無駄にできない。そのためには、医療・介護をはじめとするサービス業について、AIやロボットなどの力を借り
ながら、いかにして人手をかけずに質の高いサービスを提供するかを考えていく必要があるだろう。
(出展:WorksReport2023)
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